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アントナン・カーレム(1783~1833)
Antonin Carême

 フランス料理を芸術の域にまで高めた天才料理人。ロシア皇帝、イギリスの皇太子、パリの名門ロチルド家など王侯貴族のシェフを歴任する。  50年に及ぶ人生のなかで5冊の料理本を執筆。『19世紀のフランス料理の芸術』(全5巻)は、今日のフランス料理の発展をもたらした大著である。
フランス革命が「レストラン」を生んだ

 腕利きの料理人も美味なる食も、フランスでは何世紀にもわたり特権階級が独り占めしてきた。革命によって身の危険を感じた王侯貴族たちは、国外へ逃亡。行き場を失った料理人たちが、パリの街で店を構えたのが、今日の「レストラン」のはじまり。親から捨てられたカーレムは、革命によって解放された「料理」の世界で生きていく。

カーレムによってフランス料理は芸術に

 混乱する革命に終止符を打ったのが、英雄ナポレオンだ。彼は権力を手にすると、誰もが驚く豪華なレセプションを開催し、「コルシカ島の田舎者」といったレッテルを払拭した。その宴を何よりも荘厳したものが、カーレムのつくる「ピエス・モンテ(装飾菓子)」だった。独学で建築を学んだカーレムは、その美しさを製菓に再現。パリの人々を釘付けにした。

エクレアもシャルロットも、カーレムの手によって生まれた

 料理に美を追求したカーレムは、様々な調理用具を改良。今日の「しぼり袋」も、カーレムによって改良された。このしぼり袋で生まれたのが、誰もが口にしたことのある「エクレア」だ。貴婦人の帽子に見立てた「シャルロット」も、カーレムによって美しい進化をとげた。さらに結婚式の披露宴を華やかに演出するウェディングケーキも、カーレムのピエス・モンテに影響を受けたものだ。


19世紀はじめ、パレ・ロワイヤルに誕生したレストランでは、その日、提供できる料理を紙に書き出し店の入り口に貼りだした。それらを小さくした紙がメニューになったといわれる
料理芸術を目指したカーレムは、
その料理にふさわしい串を身銭を切って買い求めた
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